トモさんのよろず評論
ライフ・サポート・カンパニーが運営しています。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

マニフェストについて
 いま、政治学者やマスコミが「マニフェスト」というものを宣伝していますね。そしてこの言葉の意味を、政党や政治家に公約を明示させ守らせることだとしています。ですが、これは社会に現実にある分業関係を見ないで、錯誤している意見ではないでしょうか。

 農林漁業・鉱業・工業製造業・建築業・商業・サービス業などの従事者や主婦などは、日々自分のその専門の仕事を忙しくやり、生活を送っています。その人たちが同時間に、別の場所で起きている国会や地方議会や行政機関の、またそれと管轄され結びつてある経済・財界や大企業の出来事を、しかもまた日々・時々刻々起きている出来事を目の当たりにしたりすることはできず、それを知りようがないはずです。多くの国民には、そのように職業分担したために、また時空を超えられないために、知ることができない事実があります。従って、多くの国民がそれらの出来事の情報を得るには、新聞やテレビなど以外にはなく、マスコミが使う言葉と意味内容をそのまま受け入れざるを得ないわけです。

 だから、新聞やテレビなどが政治・経済・社会の出来事の真実と意義・評価・価値・基準などを報道しないかぎり、国民はそれら政治などの実際を知り判断するべくもないのです。政治や政党にはマスコミ界全体と同じだけの広報力はなく、まして他の業種も政党以上にその力はなく、マスコミが公器として責任と役割を果たさなければ、国民にはそれら政治などとその政治公約を守らない問題を知ることはできないのです。従って国民は、マスコミの情報操作とそのあり方いかんによって、政財官界などの正しい認識を得られるか否か決まるのです。そうして現実には政治家や官僚と財界・マスメディアの職業連携による情報操作の勝手放題となって、国民が政治家や政党に公約を守らせる以前の状態に置かれることになっているのでしょう。事実がそうであったからこそ、しかも長年そうあったから国民のための公約を守る政治とはならなかったのでしょう。マニフェストの主張は、そのような政治家とマスコミの社会的分業関係を見ないで、またその専門・責任関係と連携関係の現実・事実を省みないで、さらにマスコミの社会的分業責任と言語と情報の独占独壇場性を無視した、学者などの頭だけで通用する観念的な政治学・社会学の主張なのではないでしょうか。その主張や仕事や活動と運動は、社会諸問題の根本問題と原因を誤魔化し、社会に錯誤と混乱・倒錯・弊害・崩壊を広めることになるのではないでしょうか。それを主張する方達の、検討をお願いしたいと思うのです。

スポンサーサイト
耐震設計偽装問題について

耐震設計偽装問題は、政財官の構造的問題です。姉歯・内河・小嶋等などといった誰彼個人の悪意や性格の悪さが問題なのではないでしょう。それらの個人が、設計偽装は悪いこと、いけないことだ、と、うすうす分かっていたとしても、政党や官庁役所や会社の集団・組織に意見をしたり、それらの構造的な体制に刃向かったりできるはずがないのです。
小嶋・姉歯建築士などは政財官の強者によって太刀打ちも抗弁もできない個人としてババをつかまされた被害者ではないでしょうか。そしてマスコミが、それら名前が挙がる個人の責任を追及したからといって、また、国民がそれに踊らされたとしても、今後、設計偽装問題や建築業界問題や国土・道路公団問題・ゼネコン問題などが解決されたり、最近では防衛庁のそれに類する問題が起きましたが、それらの問題が解明される訳ではないでしょう。つまり構造的問題はつづくのでしょう。

NHKの受信料
 NHKの受信料、深刻な問題になっていますね。NHKの公共性や社会的責任の問題と、NHKの独自性や個別責任との問題が齟齬をおこし、入り組んで解決策が見出せないでいるようです。

 多くは語れませんが、これも日本社会が抱える様々な問題が集まった結果、NHKの受信料問題として露出することになっているのでしょう。これまでのマスコミのあり方や論調をみても、「勝ち組負け組み」論をいって企業や勤労者の生き残り競争を吹聴したり、福利・国民サービス政策では個人責任・受益者負担をいい、政財官界での収賄事件やその他の事件・事故・犯罪などでも組織的構造問題はいわず、個人の問題であるかのように言ってきました。つまり、個人責任論を吹聴してきました。その一方では、それとは反対に、グローバル化をいって日本は国際社会の一員だとか、だから国際貢献・先進国としての国際責任・アメリカンスタンダード等などをいって国際責任や社会的責任論を声高に撒き散らしてきました。こうしてマスコミも政府国家も、何らかの意図を持って個人責任と社会責任を使い分け、自分たちに都合に合わせて使い分け、分裂させてきました。こうして近代国家やマスコミは、社会的責任を顧みず、自身の個人責任を果たさなくなったのです。
ようは日本社会全体が、近代国家の民主主義の根本原理である国民の福利のために国家政府があり、政府の社会的責任が国民の福利のためにあるという国民主権の原理を忘れ、それから離れ、それとは違う別な者や者たちの、つまり封建的な王侯貴族たちや、また言葉を換えれば皇族や、さらに時と場合を換えれば軍部・大企業など一部の者たちの、ようは強者のための国家政府やマスコミがあるということになってきたのです。

そのように、マスメディアや報道は国民のためにある、という根本原理と、これまでマスメディアの根本問題である社会的責任を疎かにしてきた原因をみないで、NHK問題の解決はありません。もしそれを無視して解決策とするなら、新たなNHKや他のメディア問題を引き起こし、さらに深刻度を増し国家崩壊を進めることになるでしょう。

新年にあたって予言じみていますが、国家崩壊から日本民族瓦解とならないよう、救国的真剣な検討が必要です。狭い個別的意識や意図・一政党の益や省益・庁益・私企業・私意・私憤・私益に固執してはならないでしょう。




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。